2020/3/13(金)、日本循環器学会「2020年JCSガイドラインフォーカスアップデート版冠動脈疾患患者における抗血栓療法」の内容をまとめました。2020/3/13(金)、日本循環器学会から6本のガイドラインのアップデートがありました。
→http://www.j-circ.or.jp/guideline/index.htm
・日本循環器学会「2020年JCSガイドラインフォーカスアップデート版冠動脈疾患患者における抗血栓療法」→http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2020_Kimura_Nakamura.pdf
今回の「2020年JCSガイドラインフォーカスアップデート版冠動脈疾患患者における抗血栓療法」は、「急性冠症候群ガイドライン(2018年改訂版)」「安定冠動脈疾患の血行再建ガイドライン(2018年改訂版」から新たな知見をまとめ、フォーカスアップデートとして作成されたものです。2019年の「学術研究コンソーシアムによる高出血リスク患者についてのコンセンサスドキュメント」(Academic Research Consortium for High Bleeding Risk: ARC-HBR)の評価基準を参考に、「日本版HBR評価基準」を作成、急性冠症候群と安定冠動脈疾患を併記、時系列に沿った実臨床に即した項立て、簡易フローチャート、「周術期の抗血栓療法」を新設、「慢性冠症候群(Chronic Coronary Syndrome: CCS)」の名称の採用は見送られました。
【リスク評価(出血リスク・血栓リスク)】
「日本版高出血リスク(HBR)評価基準」として、主要項目14項目と副次項目6項目に分けて具体的に記載されました。
主要項目:低体重、CKD(eGFR高度低下、透析)、貧血、心不全、抗凝固薬の長期服用、PVD、6カ月以内の非外傷性出血の既往、脳血管障害、血小板減少症、活動性悪性腫瘍、門脈圧亢進症を伴う肝硬変、慢性の出血性素因、DAPT期間中の延期不可能な大手術、PCI施行前30日以内の大手術または大きな外傷
副次項目:年齢、CKD(eGFR中程度低下)、軽度貧血、NSAIDs・ステロイド服用、12ヶ月以内の非外傷性出血の既往、主要項目に該当しない 虚血性脳卒中の既往
「日本版高出血リスク(HBR)評価基準」では、上記の少なくとも主要項目1つ、あるいは副次項目を2つ満たした場合に高出血リスク(HBR)と定義すると定められました。 高出血リスク(HBR)をふまえた PCI 施行後の抗血栓療法としては、上記のように、日本版HBR評価基準にて高出血リスクなしの場合、血栓リスクが高い場合はDAPT3-12ヶ月その後SAPTへ、血栓リスクが低い場合はDAPT1-3か月その後SAPTへ切り替え、日本版HBR評価基準にて高出血リスクありの場合、経口抗凝固薬服用ありの場合は入院中3剤併用、経口抗凝固薬+クロピドグレルまたはプラスグレル12ヶ月その後経口抗凝固薬単独へ、経口抗凝固薬服用なしの場合DAPT1-3か月その後SAPTへ、経口抗凝固薬単独の場合には可能であれば直接経口抗凝固薬を推奨、と記載されました。詳しくは下記の図とフローチャートをご覧ください。
【負荷投与】
負荷投与(loading dose)としては、主に経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を行う場合に、少しでも早く抗血小板効果を発揮させるために、早期に維持容量の2-5倍程度の抗血小板薬を投与することです。バイアスピリン162-324 mg、プラスグレル20mg、クロピドグレル300mg、(チカグレロル180mg)があります。バイアスピリンに関しては、有用性は明らかであるので、PCI施行予定の有無にかかわらず、確定診断に至らなくてもACSが強く疑われる時点で速やかにアスピリン投与が推奨されています。
【抗血小板薬2剤併用療法、抗血小板薬単剤療法】
ACS患者におけるDAPT継続期間については従来と大きく変わりません。心房細動患者に対してPCIを行った場合、出血リスクが高い場合には1ヶ月以上の抗凝固薬とDAPTの3剤併用は推奨されないと明記されました。
・冠動脈ステント留置後は、アスピリン (81-162mg/日)とプラスグレル(3.75 mg/日)またはクロピドグレル(75 mg/日)を3-12ヵ月間併用投与する(推奨クラスI、エビデンスレベルA)
・DES留置後、出血リスクが高い患者に対して、DAPTは1-3ヵ月間に短期化す る(推奨クラスI、エビデンスレベルA)
・禁忌がないかぎり、無期限にアスピリン81-162 mg/日を経口投与する(推奨クラスI、エビデンスレベルA)
・左室、左房内血栓を有する心筋梗塞患者、重症心不全患者、左室瘤を合併する患者、人工弁置換術後の患者に対してワルファリンを併用する(推奨クラスI、エビデンスレベルB)
・心房細動を合併する出血リスクが高いPCI 施行患者に対して、抗凝固薬とDAPTの3剤併用は 1ヵ月以上長期継続すべきではない(推奨クラスIII Harm、エビデンスレベルB)
【抗凝固薬服薬患者】
・心房細動に対する抗凝固薬の選択において、ワルファリンよりもDOACを優先する(推奨クラスI、エビデンスレベルA)
・左室・左房内血栓を有する心筋梗塞患者、重症心不全患者、左室瘤を合併する患者、人工弁置換術後(機械弁)の患者に対して、急性冠症候群・冠血行再建後に抗血小板薬とワルファリンを併用する (推奨クラスI、エビデンスレベルB)
・抗血小板薬投与中のワルファリン投与ではPT-INRの目標値を低め(2.0-2.5)に設定し、至適範囲内時間(TTR)を65%以上としてもよい(推奨クラスIIb、エビデンスレベルC)
・慢性期(1年以降)の心筋梗塞患者、ステント留置患者、CABG施行患者、および冠血行再建術を受けていない冠動脈疾患患者に対して、抗凝固薬を単剤で投 与する(推奨クラスI、エビデンスレベルB)
【心臓手術・非心臓手術における周術期の抗血栓療法】
待機的非心臓手術施行時の周術期における抗血栓療法に関しては、従来通りですが、可能な限りPCIから6か月後以降に手術を延期すること、1ヶ月以内は避けなければならないことが明記されました。新しいエビデンスによりワルファリンのヘパリン置換は推奨されていないことも明記されました。
・DES留置後にP2Y12受容体拮抗薬の休薬を要する待機的非心臓病手術を行う患者に対して、可能であれば手術はDES留置後6ヵ月以降に延期する(推奨クラスI、エビデンスレベルB)
・ ヘパリンによる抗血小板薬の代替療法は、ステント血栓症を予防するうえで の有効性は示されていないため推奨されない(推奨クラスIII No benefit、エビデンスレベルB)
・ 心房細動患者において、手術前のヘパリンによるワルファリンの代替療法は、 心血管イベント減少に寄与せず周術期の出血性合併症を増加させる可能性があるため推奨されない(推奨クラスIII No benefit、エビデンスレベルB)
・冠動脈ステント留置後1ヵ月以内の患者に対して、待機的非心臓手術を施行すべきではない(推奨クラスIII Harm、エビデンスレベルB)
【抗血小板薬】
術前の休薬について、非心臓手術でのアスピリン継続は出血リスクを1.5倍に増加させたが重篤な事象には至らなかったという報告、アスピリン中止により心イベントが約3倍増加することから、多くの非心臓手術において周術期にも継続することが原則とされていますが、出血リスクが高い手術では手術の7日前からのアスピリン休薬を考慮します。P2Y12受容体拮抗薬では、チカグレロルでは遅くとも3日前、クロピドグレルでは遅くとも5日前、プラスグレルでは遅くとも7日前からの休薬を考慮します。詳しくは下記のフローチャートをご覧ください。
【抗凝固薬】
抗凝固薬を服用中の患者が、抜歯や体表手術など出血リスクの極めて低い(あるいは止血が容易に行える)手術を受ける場合、抗凝固薬は中断しないことが推奨されますが、出血リスク、クレアチニンクリアランスに応じて最終服薬からの時間を24時間(1日)、36時間(1.5日)、48時間(2日)、72時間(3日)、96時間(4日)で調整します。ワルファリン服用患者では手術前3-5日の服用中止を考慮します。従来、ワルファリン内服者では周術期のヘパリン置換がありましたが、2016年発表の「BRIDGE試験」において、周術期にワルファリンのヘパリン置換を行う群と行わない群で30日以内の血栓塞栓症に差はなく、一方でヘパリン置換による出血イベントが有意に増加したことから一律なヘパリン置換は推奨されないことに変わりました。詳しくは論文をご覧ください。
「Bridging Anticoagulation in Patients with Atrial Fibrillation」→https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc1513255
人工弁置換術後の場合等で確実な抗凝固療法の継続が必要とされる患者では従来通りヘパリン置換が行われる可能性があります。ワルファリンではなくDOACでは、手術前は短期間の休薬で管理が可能であり、ヘパリン置換は不要とされています。DOACの中でダビガトランは特異的中和剤イダルシズマブがあります。術後は原則的に出血がコントロールされていれば6-8時間後から抗凝固薬は再開可能とされていますが、術後の出血リスクに応じて、24時間(1日)、48時間(2日)、72時間(3日)後あたりから再開とする場合もあります。その他、待機的手術における抗凝固薬の術前の休薬時期と術後の再開時期について詳しくは下記の図をご覧ください。
全体としては、大出血のリスクが「日本版HBR評価基準」として半定量化されたこと、術前の休薬の必要性の有無と期間、術後の再開の目安に関してフローチャート化されてよりわかりやすくなったこと、ワルファリンのヘパリン置換は推奨されていないこと、ダビガトランは特異的中和剤イダルシズマブの登場、などが新しい知見です。詳しくは日本循環器学会「2020年JCSガイドラインフォーカスアップデート版冠動脈疾患患者における抗血栓療法」をご覧ください。
日本循環器学会「2020年JCSガイドラインフォーカスアップデート版冠動脈疾患患者における抗血栓療法」→http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2020_Kimura_Nakamura.pdf